不壊なる理念

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     1週間前の話だが、澤藤統一郎弁護士(*)が「ちきゅう座」に「個人を根本から支え勇気を与える「不壊の理念」としての日本国憲法」という記事を投稿されている。その中で、1933年、ナチスが国会に提出した授権法に対して反対演説を行ったオットー・ウェルズ社民党党首の演説に、学生時代の丸山真男が衝撃を受けたという、丸山自身が対談(記事の中では「座談会」となっているが、実際には加藤周一との対談)の中で述べた話が紹介されている。
     国会の周囲を武装した突撃隊員が取り囲み、議場ではナチ党員の野次と怒号が飛び交う中で、ウェルズは顔面蒼白となりながら、それでもなお、次のように演説を始めたというのである。
     「この歴史的瞬間において、私は自由と平和と正義の理念への帰依を告白する。いかなる授権法もこの永遠にして不壊なる理念を滅ぼすことはできない。全国の迫害されている同志に挨拶を送る。」
     この演説を、軍国主義へと雪崩をうつような転向時代の日本にいた丸山がドイツ語の原文で読み、歴史を超えた何ものかへの帰依なしに、個人が周囲の動向に抗い続けることが果たして可能だろうかという疑問に捉われた、というのである。
     
     私も以前、この対談を読んだとき、非常に強い印象を受けたので、当時やっていたブログに「不壊なる理念と日本的大勢順応主義」という雑文を書き、「自由の理念は破壊不可能なものであり、それは深く沈めば沈むほどやがて一層の情熱をもって再生するであろうという希望のみを胸に抱きつつ、海底に沈み行くのである」というハンス・ケルゼンの言葉とともに紹介したことがあるが、ファシズムへと向かって暴走を続ける現在の日本において、この話を思い出すことは決して無意味ではないだろう。
     
     しかし、1週間前、澤藤統一郎氏の記事を読み、私が思い出したのは、フランツ・カフカのアフォリズムである。ウェルズの述べた文脈や意味とは異なるが、カフカもまた、「八つ折版ノート」の中で、「不壊なるもの」という言葉をいくつかのアフォリズムに書き残している。例えば、次のような言葉である。
     

    人間は、自分のなかにあるなにか「不壊なるもの」、破壊できないものへの永続的な信頼なくしては生きることができない。その際、不壊なるものも、また信頼も、彼には永続的に隠されたままであるかもしれない。こうした「隠されたままであること」を表す可能性の一つが、人間になぞらえた「人格神」への信仰である。

     

    理論的には、完全な「幸福の可能性」というものがある――自らの内にある「不壊なるもの」を信じ、かつそれに向かって懸命に努力しないこと。

     

    不壊なるものはただ一つである、それぞれ個々の人間がそれであり、同時にそれはあらゆる人間に共通している。そこに人間同士の比類なく分かちがたい結びつきがある。

     
     今、これら3つのアフォリズムの中で使われている「不壊なるもの」の意味および相互関係について、私自身の解釈を示すことはしないが――「できない」というのがより正直な表現である――、皆さんもぜひこれらの言葉を味読してみてください。



    (*) 澤藤統一郎弁護士といえば、私にとっては、「国歌斉唱義務不存在確認請求訴訟(予防訴訟)」を弁護団長として闘い、画期的な一審の勝訴(違憲)判決を勝ち取った立派な弁護士さんとして記憶されている。昨年1222日からは「ちきゅう座」に毎日記事を投稿されている注目の弁護士である。

     

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      • 2017.07.22 Saturday
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      • 13:31
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      コメント
      カフカのアフォリズムが宇井さんの訳で3つも読めるなんて、かなり幸せな水曜日です〜。しかも、この3つ、私のカフカアフォリズムランキングでは、上位のものばかりです〜。
      不壊なるもの、について、と、最近の私が関心を持っているテーマと、ちょっと関連を感じてもいます。それは、許し難いもの、や、許し難い状況を許す、とは果たしてどういうことか、ということです。許すと言っても、決して、許容する、容認する、ということではなく、、許し難いものの真の姿と、正確に向き合って、しかもそれを許すには、不壊なるものとのつながりが必要なんじゃないか、と漠然と感じております。
      例えば、「アベ政治を許さない」、と言うとき、私の場合、個人的な嫌悪感が強くて、それでは、相手を見誤っているんだろうな、個人を超えた、不壊なる力からくる視点がなければ、正確に相手を見つめることもできないのだろうな、と記事を読んで思いました。
      • 響子
      • 2016/01/20 10:12 PM
      響子さん、コメントありがとうございます。
      昨日から今日にかけて珍しく忙しく、返信が遅くなってすみません。

      >宇井さんの訳で3つも読めるなんて

      いやいや、私の訳ではなくて、吉田仙太郎編訳の『フランツ・カフカ 夢・アフォリズム・詩』からの引用です。ドイツ語はもう10年以上やってないので、勉強し直さないと、読めません。

      >例えば、「アベ政治を許さない」、と言うとき、私の場合、個人的な嫌悪感が強くて、それでは、相手を見誤っているんだろうな、個人を超えた、不壊なる力からくる視点がなければ、正確に相手を見つめることもできないのだろうな、と

      なんとなく(もしかしたら誤解しているかもしれませんが)わかるような気がします。
      私も、あの男には激しい嫌悪感を抱いていますので、テレビでそいつが映っただけですぐにチャンネルを変えてしまいます。ですから、テレビで政治のニュースはほとんど見られない状況です。どうしてこんな卑小なアホのために、この国が無茶苦茶にされなければならないのかと思うと、腹が立ってならないのですが、そういう感情的憤激だけでは敵の正体を見破れないのでしょう。

      かつては、ワイマール憲法下のドイツでなぜナチ政権が誕生したのかということは、知的な関心の対象ではあっても、どこかで「別の時代の別の国の話」という「他人事」感がありましたが、今や、非常に切迫した切実な問題として感じます。現在の日本はまさに1933年のドイツであり、エーリッヒ・フロムなどが事後的に解明したナチス受容の社会的背景と同じような理論的作業が今まさに、日本の同時代的課題として求められているのだろうと思います。

      ■自民党改憲草案
      (緊急事態の宣言) 
      第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、ない乱闘による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
      (緊急事態の宣言の効果)
      第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
      3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、(……)国その他公の機関の指示に従わなければならない。

      ■ナチ授権法(=全権委任法、1933年3月23日成立)
      第1条 国の法律は、憲法に定める手続きによるほか、政府によっても制定されうる。
      第2条 政府が制定した国の法律は憲法と背反しうる。

      仮に、「お試し改憲」という名目で「緊急事態条項」挿入の改憲を許すようなことがあれば、そのとき日本は真に引き返し不可能な三途の川を渡ることになるだろう。
      • 宇井宙
      • 2016/01/22 5:14 PM
      追伸

      ところで、話は変わりますが、去年、古賀茂明氏がフルダチの番組に出演して安倍政権の圧力を暴露した(そして「I am not ABE」というフリップを掲げた)際、最後に、ガンディーの言葉として、「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」という言葉を紹介しましたよね。この言葉の出典はどこかご存知ですか? コメントの返信で質問するのは反則かもしれませんが、ガンディーに詳しい響子さんならご存知ではないかと思い、あえてお尋ねします。
      • 宇井宙
      • 2016/01/22 5:20 PM
      宇井さん、詳しい返信をありがとうございます。
      ナチの手口を真似たらどうか、と発言した大臣がいましたが、冗談ではなく、現に目の前に起きていることに、希望を失いかけています。でも、不壊なるものは、破壊しがたい価値であるはずで、こういうときだからこそ、その真価が証言されなくては、と思います。
      古賀茂明氏のガンディー発言の出典は、ガンディー研究会に来ていた東北在住のMさんも知りたがっていて、会のUさんに質問したそうなのですが、Uさんもわからないということでした。Mさんが後から調べたところによると、古賀氏がその後、「この言葉は、ガンディーそのものの言葉ではなくて、ガンディーの著作を読んで、私が意訳したものです。」と発言していたらしいです。
      でも、意訳の元になった、ガンディーの言葉があるはずですよね。いずれにしても、Uさんもわからないくらいなら、かなり、マニアックな言葉か、もしくは、古賀氏の意訳がもとの著作からは掛け離れたものになったか、ではないかな、と思うのです。お役に立てなくて、、ごめんなさい。
      • 響子
      • 2016/01/23 11:26 AM
      響子さん

      返信での逆質問という反則技にも、早速の詳しい回答、ありがとうございます。

      日本で最もガンディーに詳しい人たち(の少なくとも一部)が知らないとなると、果たして本当にガンディーの言葉だったのかという疑惑が起こりますね。ましてや古賀氏の回答が(おそらく古賀氏にも出典の明示を求める声が寄せられたのでしょう)「ガンディーの著作からの意訳」というのでは、古賀氏の「創作」であるとの疑惑はますます深まる一方です。「ガンディーそのものの言葉」でないのならば、「意訳」でももちろんあり得ず、ガンディーの著作から得たインスピレーションに基づく古賀氏の「解釈」ないし「思い付き」であると正直に言うべきですね。
       他人の著作からの「引用」を自分の言葉(「創作」)であるかの如くに書くのは「剽窃」であって、物書き(「研究者」を含む)が最もやってはいけないことですが、自分の「創作」を権威者の「引用」と偽ることも、同様に問題のある行為です。おそらく自分の言葉として言うだけでは権威がないと思い、ガンディーを権威づけに使ったのでしょう。

       言葉の疑問点を問い質していくと、矛盾が出てくる人がときどきいますが、こういう人は、私はあまり信用できません。古賀氏もあの場面ではいいことを言っていただけに残念ですね。

       さて、なぜこの言葉の出典について、いきなり尋ねたのかを説明していませんでした。
       なぜ私がこの記事を書いた後に、この言葉を思い出したのかを説明します。
       最近、今度の参院選で、いかに「野党共闘」をなしとげ、改憲を阻止するか、ということに力を入れている人たちの話をよく耳にします。確かに、明文改憲を阻止することは(安保法が成立した今なお)重要ですし、そのために護憲派を当選させる(改憲派を落選させる)ということも重要で、そうした運動に取り組んでいる人々には頭が下がります。
       こうした現実の政治運動の重要性を理解した上で言うのですが、私自身は、数の多寡を競うような選挙運動・政治運動にはほとんど興味を持てないし、期待もあまりしていません。それよりも、自分の周囲の人々が怒涛のようにファシズムに向かって転向していくような状況が現れたとき(その予兆はすでに現れていますが)、そうした動向に流されないでいるためには何が必要なのか、と考えたときに、やはり「不壊なるもの」への帰依が必要なのではないか、と思うのです。そう考えているうちに、去年古賀氏がガンディーの言葉として紹介した言葉が思い浮かんだのです。しかし、よく考えると、「世界によって自分が変えられないようにするためである」というのは、それだけではやはり弱いわけで、一体なぜ「自分が変えられないようにする」必要があるのかを考えると、結局それは「不壊なるもの」への帰依が必要だという結論になるのではないでしょうか。
      • 宇井宙
      • 2016/01/23 3:02 PM
      「自分が変えられないようにする」、ということは、きっと、自分が、自分を超えた価値を証言、体現しているときにのみ、できることなのでしょうね。つまり、それはすでに、「自分であって、自分を超えた価値とつながっている」、というか。非常に難しいことだけど、根無し草のような存在にだけは、ならずにいたい、と思うのです。
      • 響子
      • 2016/01/25 5:45 PM
      再度のコメント、ありがとうございます。

      >自分が、自分を超えた価値を証言、体現しているときにのみ、できることなのでしょうね。

      そうですね。個人的に、「証言」という言葉の多用は嫌いで(笑)、「体現」するのも簡単ではないでしょうが、私の理解では、自分を超えた普遍的価値に「帰依・信奉・コミットメント」している、ということでしょうね。

      ちなみに、これと関連するテーマをめぐる丸山眞男と鶴見俊輔の対談があって、それについては明日の記事で紹介する予定なので、もしお時間があったら、お読みください。
      • 宇井宙
      • 2016/01/26 6:30 PM
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